今回の投手育成コラムでは、ピッチングにおいてもバッティングにおいても球質の良し悪しを司るマグナス力というものを徹底解剖していきたいと思います。マグナス力がボールに働いていないと、投げたボールも打ったボールもはすぐに失速してしまいます。逆にマグナス力が働いているとストレートの伸びが増し、ホップするボールを投げられるようにもなります。そして打球にマグナス力を働かせられれば、美しい放物線を描く対空時間の長いホームランを打てるようになります。
マグナス力を簡単に説明すると、要するに揚力があるかないかということです。飛んでいくボールというのは進行方向に対する抗力(空気抵抗)が小さい方に動いていく性質があります。バックスピンをかけられると、ボール上部の効力が弱くなり、ボールが押し上げられる揚力が強くなっていくんです。この揚力がホップ要素とも呼ばれるマグナス力というやつです。
言葉で説明してもピンときませんよね?ということで、下の図を見ながら解説していきたいと思います。
まず、ボールは赤い矢印の方向に向かって飛んでいっています。矢印の先がキャッチャーミットということですね。そしてボールは青い矢印の方向に向かって回っています。これがバックスピンです。ちなみに進行方向は赤い矢印のままで回転が逆になると、トップスピンということになり、抗力の強弱も上下反対になります。そして水色の矢印が抗力(空気抵抗)になるわけですが、ボールの上と、ボールの下をそれぞれ見比べてみてください。
ボールの下では、回転方向を示す矢印と抗力を示す矢印がぶつかり合っているのがおわかりいただけると思います。このように回転方向と抗力が押し合ってしまうと空気抵抗が大きくなります。
逆にボールの上では、回転方向と抗力がかかる方向が一致しているため、空気抵抗は小さい状態になっています。回転して飛んでいくボールには、必ずこのように空気抵抗が大きくなる面と、小さくなる面が存在します。そしてボールは空気抵抗が小さい方へと動きたがります。すると黄色い矢印の方向にボールを向かわせる揚力が発生し、ボールはこのマグナス力(揚力)によって上に押し上げられていきます。このマグナス力が発生すると、マウンドからホームプレートまでの18.44mという距離を、ボールがまったく落下せずに飛んでいけるようになるわけです。
ちなみにマグナス力を高めるために球速は必要ありません。必要なのはバックスピンの回転数と、より垂直に近い回転角度です。上の図では右側のボールでご確認いただけるように、垂直にバックスピンがかけられています。この垂直状態のバックスピンが最上級であるわけですが、しかし5〜10°程度の傾きであれば、十分に強いマグナス力を得ることができます。
全盛期の藤川球児投手のバックスピンの傾きは5°程度で、回転数は約2,700rpm(45.5rps)でした。rpm(revolutions per minute)というのは、1分間に換算した際の回転数です。1秒間に回転する回数を表す時はrps(revolutions per second)という単位を使います。全盛期の松坂大輔投手は傾きが10°で、回転数は約2,500rpm(41.6rps)でした。ストレートが1秒間に40回転以上しているのですから驚きです!
プロ野球でエース級になれない一般的なピッチャーの場合は傾きが10°以上あり、回転数も2,100rpm(35rps)以下であるケースが大半です。また、メジャーリーグの平均回転数は2,600rpm程度となり、そして2019年シーズンで最も多くバックスピンをかけていた投手は大谷翔平投手の同僚であるルーク・バード投手で、その数値はMAX3,011rpm(50rps)という驚異的な回転数でした。まだまだメジャーでは駆け出しの投手であるため2019年は3勝しか挙げられませんでしたが、経験を積めば大化けする可能性がある投手のひとりです。
ちょっとここで、一時期話題になったジャイロボールについても解説しておきたいと思います。メジャーリーグ時代の松坂大輔投手が投げていた魔球、として噂されたボールですが、しかし実際松坂投手はジャイロボールは投げてはいませんでした。本人曰く、カットボールが抜けていただけだそうです。
手塚一志コーチがジャイロボールに関する書籍をたくさん出版されていますが、僕はプロコーチとして個人的にはジャイロボールを習得するためのトレーニングは推奨していません。その理由はシンプルで、ジャイロ回転で強いボールを投げることはできないからです。
ジャイロ回転のボールを投げること自体は容易です。練習すれば小学生でもジャイロ回転のボールを投げられるようになります。しかしジャイロ回転のままスピードボールを投げることは、野球動作ではほとんど不可能なのです。野球でジャイロ回転を活かせるのは、遅いストレートを武器にするアンダーハンドスロー、もしくはアンダー気味のサイドハンドスローの投手だけです。
例えばマリーンズなどで活躍された渡辺俊介投手のように、ボールが下から浮き上がるように地面すれすれの高さからリリースするような投手である場合は、ジャイロボールは武器になるケースもあります。しかし意図したジャイロボールは遅い球速でしか投げられないため、バッターが慣れてしまうといくら球速が低下しなくても武器にはならなくなります。もしくは慣れていなくても、バッター側に圧倒的なパワーがある場合も、やはり武器にはならなくなります。
ではここで、ジャイロ回転を実際に見てみましょう。
上の図は右投手が投げたジャイロ回転を再現しています。左側が打者目線で、右側が一塁ベースから見た時のジャイロ回転です。ジャイロボールは、ボールの回転方向と抗力の矢印がぶつかり合う場所がひとつもないんです。そのために空気抵抗が非常に小さくなり、投げたボールが失速しにくくなるという現象が起きます。ちなみにライフルなどの弾丸はジャイロ回転で発射して威力が増すように作られています。
もし仮に、150kmという球速でジャイロボールを投げられたら、いえ、140kmでも構いません。それだけの球速を出してジャイロボールを投げられれば、もしかしたら本当に魔球と呼べるストレートになるかもしれません。『MAJOR』というアニメでは主人公がジャイロボールで何本もバットを折るシーンが描かれているようですが、これはあくまでもアニメの世界の話であり、プロコーチの僕としては、背番号1/2のミラクルジャイアンツ童夢くんが投げていた消える魔球、スノーミラージュボールと同じだと言うしかありません。でも、アニメはそれぞれ面白いですけどね!
バッターが打った瞬間に重いと感じるストレートを投げられるようになることは、ピッチャーにとっては永遠のテーマのひとつとも言えます。そして重いストレートを投げるには二つの方法があり、その一つがバックスピンを増やすということです。
バッターも打球にバックスピンをかければかけるほど飛距離が伸びるようになるため、ピッチャー同様に打球のバックスピンを増やしたいんです。でもピッチャーにとってのバックスピンはバッターにとってのトップスピンです。打球にトップスピンをかけるとゴロの球足が速くなり、内野手の間を抜けていきやすくなるわけですが、しかし内野手が手の届く範囲に転がってしまうと、ダブルプレーになりやすいただの内野ゴロになってしまいます。
ヒットの本数を増やしたり、長打力をアップさせるためにはやはり打球にはバックスピンをかけていきたいんです。でもピッチャーが投げるストレートのバックスピンの回転数が多ければ多いほど、バッターとしては打球にバックスピンをかけるのが大変になります。ピッチャーが投げたボールのバックスピンを真逆の回転に変えていかなければ、打球にはバックスピンをかけられないからです。
つまりストレートのバックスピンの回転数が多ければ多いほど、バッターは打球にバックスピンをかけようとした際に、ボールを逆回転にするのが大変になり、打った瞬間に「重い」と感じるようになるんです。
そして重いストレートを投げるためのもうひとつの方法は、ストレートに縦でも横でも角度を付けないということです。ストレートの発射角度が深くなればなるほど、バッターは打球にバックスピンをかけやすくなります。パンチを想像してみてください。横や上から弧を描きながら繰り出されたパンチと、真っ直ぐダイレクトに繰り出されたパンチ、受けた時はどっちが痛いと思いますか?もちろん後者ですよね?ボクシングでいうとコークスクリューパンチのように角度をつけずに真っ直ぐ繰り出すことによって、パンチの威力は増していきます。
ボクシングのストレートだけではなく、野球のストレートも同じなんです。下半身、股関節、肩関節を下から順番に上手に連動(キネティックチェーン)させていくと、ストレートの発射角度が浅くなっていき、コークスクリューパンチのように威力が増していきます。そして角度が浅いということは、バッター目線ではボールとの距離感が測りにくくなり、タイミングを合わせられなくなります。つまり球速にかかわらず、簡単にバッターを差し込めるようになるという結果にも繋がっていきます。
さて、続いてはホップというものについて考えてみたいと思います。野球ではよく「ストレートがホップしているように見えた」と言ったりしますが、実際にストレートがホップすることはない、と思っている方が非常に多いようです。しかしピッチャーは意図的にストレートを文字通りホップさせることができるんです。
実は、球速は速ければ速いほどボールはホップしなくなります。例えば藤川球児投手のように150kmを超える火の玉ストレートの場合、物理的には実際にホップすることはありません。この場合はマグナス力によってボールが一直線に飛んでくるため、ホップしていると見えるだけです。
野球のボールというのは、実は時速100kmを超えるとどんどん空気抵抗が大きくなり、並大抵のマグナス力ではその空気抵抗に抗えなくなってしまうんです。すると初速と終速の差がどんどん大きくなり、バッターからすると打ちやすいボールになってしまいわけです。ちなみに初速と終速の差が小さいストレートのことを、伸びのあるストレートと呼びます。この差は3km未満が望ましいと思います。5km以上になってしまうと、バッターにとってはかなり打ちやすくなります。
ピッチャーが投げたストレートは、球速が上がれば上がるほど空気抵抗が大きくなり、逆にマグナス力は小さくなってしまいます。例えばアマチュア選手が投げるような2,000rpm(33.3rps)以下のストレートの場合、120kmを超えたあたりでマグナス力が一気に弱くなってしまいます。そしてそのマグナス力は、150kmを超えるとまた少しずつ強くなっていきます。しかし160km以上にならなければ、100km時のマグナス力同等の数値までは戻らないんです。
ストレートを実際にホップさせるために望ましい数値は、球速は100〜110km程度で、回転数は2,500rpm程度、バックスピンの傾きは10°未満です。2,500rpmまで行かなくてもホップするとは思いますが、2,500rpmなら、まさに目に見えてボールはホップしていくと思います。
抗力(空気抵抗)は球速に比例してアップし続けます。その抗力が大きくなる前の100〜110km程度の球速が、ホップさせるためには最良となります。ちなみに時速100km時の空気抵抗はだいたいボール0.6個分の重さで、時速150kmになると空気抵抗はボール1個分の重さになります。
ということで今回はマグナス力の正体や、マグナス力を活かして球質を高めるための数値などをご紹介させていただきました。マグナス力はとにかくピッチングでもバッティングでも非常に重要な要素です。ピッチングでマグナス力を高められれば球速が遅くても空振りを取れるようになり、打球にマグナス力を与えられれば小柄でも細身でもホームランを打てるようになります。
例えば全盛期の藤川投手も松坂投手もあれだけのストレートを投げていたにもかかわらず、別に丸太のような腕を持っていたわけではありません。ホームランを量産し続ける中村剛也選手もプロ野球選手としては175cmと小柄ですし、プロ入り直後にホームランを打ちまくっていた清原和博選手も非常に線の細い選手でした。しかし強いマグナス力を生み出す技術を持っていたからこそ、体格など関係なく高いパフォーマンスを見せることができていたんです。
特に中学・高校野球では体格で野球をやろうとする選手、させようとする指導者が多いように感じられます。そして食事によって無理に肉体改造をさせた結果怪我が増えたり、消化器系が弱くなってしまう学生選手が少なくありません。「体を大きくしろ」としきりに言う指導者に指導力はありません。本当に指導力のある指導者であれば、体格に関係なくその選手のパフォーマンスを最大限高めるコーチングができるはずです。
体を大きくするだけではマグナス力は高まりません。マグナス力を高めるためには、それを可能にする技術を指導者が選手に具体的にコーチングしていく必要があります。一生懸命練習して試合で活躍するのが選手の役割であるならば、一生懸命勉強してそれを選手に伝えていくのがコーチの役割です。そして常に新しい情報の中で、科学的に正しい野球動作を具体的にわかりやすく指導できるのが僕らのようなプロコーチというわけです。もし所属するチームに野球科学を理解している指導者がいない場合は、お近くの野球塾で一度詳しくレッスンしてもらうと良いかもしれません。野球塾などのプロコーチであれば、相談すればマグナス力を高めるための具体的なレッスンをしてくれるはずです。