ステイバックという野球用語を聞いたことがあるでしょうか?ステイバックは打率と長打力を同時にアップさせるためには非常に重要な技術です。例えばプロ野球選手を観察していても、ステイバックをマスターしているバッターは毎年のようにタイトル争いに加わっていますが、ステイバックを取り入れていないバッターは、調子が良い年は成績が良くても、その成績が続くことがなかなかありません。そしてアスリートとして全盛期だったとしても、3割打てるケースも少なくなります。
日本のプロ野球を見ても、メジャーリーグを見ても、毎年のように安定して好成績を残しているバッターのほとんどが、このステイバックという技術を採用しています。しかし日本のアマチュア野球では、子どもの頃から体重移動をする打ち方を叩き込まれてしまいます。これに関しては筒香嘉智選手も指導者の勉強不足に対し警鐘を鳴らしていますね。
そもそも体重移動をする打ち方というのは、ベーブルースの時代の日米野球で取り組まれた打ち方でした。当時のアメリカ人と日本人では、まるで大人と子供というほどの体格差があり、普通に打っていては打球がまったく前に飛ばなかったんです。それを克服するために、当時の日本人選手たちは日米野球で体重ごとぶつかっていく打ち方を取り入れるようになります。この時代はほとんど変化球の種類もありませんでしたので、体重移動をして頭を大きく移動させてもある程度は打てました。しかし現代野球では中学生でも様々な変化球を投げることができます。
これだけ様々な変化球が存在している現代野球では、体重移動をする打ち方を続けていてはピッチャーに簡単に泳がされてしまいます。そして泳がされれば力強い打球にはなりませんし、空振りも増えてしまいます。変化球が禁止されている少年野球でも、速球とスローボールを投げ分けられたら同じようになってしまうはずです。そうならないためにも、ステイバックという技術を身につける必要があるわけです。
ステイバックという技術を難しく考える必要はありません。言葉の意味もそのままで、ステイは待つ、バックは後ろという意味です。つまり中心よりも後ろ側でボールを待って打つ、というのがステイバックの意味です。しかし日本の野球指導の現場では、ポイントを前に出して体の遠くで打つように指導されるケースがほとんどです。実は有料の野球塾の中にもそういう指導しか行っていないところが多々あります。
上の写真は、まだステイバックができていない選手のものです。打っている瞬間の形が二等辺三角形に見えると思います。大幅に前に突っ込んでいるわけではありませんが、しかし止まっているボールを打っている時にこれだけ体が前に出てきてしまうと、ピッチャーのボールを打っている時はもっと突っ込んでしまうはずです。ステイバックができていないこのバッティングフォームでは、打率も飛距離もなかなかアップしていくことはありません。
(写真の選手は後日、僕のコーチングでステイバックをマスターしました)
バッティングというのは両手を均等に使うわけではないんです。必ずメインになる手があります。体重移動をするとメインの手がボトムハンド(右打者なら左手、左打者なら右手)になり、ステイバックができるようになるとトップハンド(右打者なら右手、左打者なら左手)がメインの手として機能していきます。
通常、右打者は右手の方が器用で力もあり、左打者は左手の方が器用で力があると思います。つまりステイバックという技術を身につけることができると、利き手をメインの手として利用できるようになるため、正確性もパワーもアップしやすくなるんです。しかしこの時、後付けで右投げ右打ちの選手が右投げ左打ちに転向してしまうと、ステイバックを練習したとしてもメインの手が利き手ではなくなってしまうため、長打力が低下する傾向が強くなります。メジャーリーグ時代の松井秀喜選手もこのことにずいぶん悩んでいたと言います。
ここ数年、プロ野球のスカウトマンも後付けで右投げ左打ちに転向した選手を避ける傾向があります。それもやはりステイバックによって成績をアップさせたいのに、利き手をメインの手として使えなくなってしまうからです。松井秀喜選手のように一流中の一流選手であれ上手く対応できる場合もあるわけですが、しかしプロでは1軍に定着できないレベルの選手が大半です。そのレベルの選手が後付けの右投げ左打ちだった場合、活躍できるようになる可能性はさらに低くなってしまうんです。
そのため選手の親御さんなどから「うちの子を右投げ左打ちに転向させたい」というご相談を受けた際は、僕は基本的には「それはまだもう少し待って、もう一度右打者としての技術をコーチングによって基礎から見直した方が良い」とアドバイスすることにしています。成績が良いのにあえて左打ちを検討することはありません。成績が良くないから左打ちになろうとするわけです。ということはやはり、右打者としての技術が未熟である、ということになるわけです。
シンプルに考えてください。ステイバックというのは体重移動をしない打ち方のことです。軸足にしっかりと体重を乗せたら乗せたまま振り、打ち終わっても乗せ続ける、という打ち方です。例えばジャイアンツの坂本勇人選手は、1軍に定着してから数年後にステイバックを身につけ、そのあとは毎年続けて安定した打撃成績を残せるようになりました。イーグルスの浅村栄斗選手や、ライオンズの栗山巧選手も見事だと思います。しかし栗山選手は右投げ左打ちであることから、一時期ホームランを増やすために試行錯誤していたのですが、結果的にホームランバッターになることはできませんでした。しかしそれでもステイバックを身につけているため、アベレージヒッターとしては一流選手の一人として数えられています。
上の写真は僕のマンツーマンレッスンを受けている中学生選手です。まだマスターするまでには至っていないのですが、それでもステイバックを自分のものとしつつあります。ご覧の通り、ステイバックによって打つとフォームが直角三角形に見えるようになります。しかしこれが体重移動をしてしまうと、この直角三角形が左右反転してしまい、頭の位置が大きく移動し、ミート力が大幅に低下してしまいます。ですので捕手側に直角を持ってくる三角形を意識して振るようにしてください。
ステイバックを身につけるにおいて重要なのが軸足です。軸足は、実は軸としては機能しません。「軸足を回すこと」が軸足の役割であり、大きな歯車を回すために、最初に動き始める小さな歯車というイメージで考えてもらうと良いと思います。バッティングの軸は、右打者なら上半身と左脚を結んだライン、左打者なら上半身と右脚を結んだラインが軸となります。ですのでこのラインは一直線になっている必要があるわけです。
赤い点線が両足の中心となるのですが、この点線よりも頭を捕手側に置いてボールを待ち、そのままバットを振っていきます。この中心線の上に頭が来てしまったり(二等辺三角形)、もしくは投手側に頭が出てしまうと(左右反転した直角三角形)、引っ掛けたり泳いだりと、まともなバッティングをさせてもらえなくなります。そしてしっかりと頭を中心線よりも後ろに置いてボールを待てるように、軸足を真っ直ぐ立てて、そこに体重をしっかりと乗せられる形にしておく必要があります。上の写真でも、右靴がほぼ直角に立てられているのがおわかりいただけると思います。この軸足が立てられていないと体重を乗せられないため、どうしても体重が前へ流れていってしまうんです。ちなみに体重移動をしている打ち方と、体重が前に流れてしまっている打ち方は別物であるため要注意です。
体重を移動させないためには、この軸足を真っ直ぐ立てて体重を乗せられる形にし、前へ体重が流れていかないようにしておく必要があります。ちなみに高校野球で大活躍した清宮幸太郎選手はこの軸足の形を上手く作れていないために体重が前に流れてしまい、プロの投手の変化球に泳がされたり引っ掛けてしまったりすることが多くなっているように見えます。もし清宮選手が軸足を良い形にして体重をしっかりとそこに乗せ、ステイバックという技術を身につけることができればあれだけ体格に恵まれているのです、かつてのアレックス・カブレラ選手のように、3割50本だって夢ではないはずです。
さて、アマチュア野球ではよくボトムハンドでシングルハンドティーをさせるケースがありますが、シングルハンドティーを行うのであれば、ボトムハンドではなくトップハンドを中心に行うべきです。そしてボールをパーンッ!と弾き返すのではなく、バットにボールを乗せて運ぶイメージで練習をしてみてください。弾き返す打ち方ではなく、和田一浩選手や浅村栄斗選手のように乗せて運ぶ打ち方ができるようになると、手首も返りにくくなり、良い当たりがファールにならずにヒットゾーンに飛ぶようになります。そして打つポイントも体に近づくため、より正確にバットをボールの軌道に入れていけるようにもなります。ステイバックという技術には、そういうメリットがあるんです。
ステイバックに取り組み始めた最初のうちは、振りながら頭が捕手側に移動しているような感覚になると思います。しかしそれで良いんです。最初はそう感じていたとしても、頭は実際にはほとんど移動していないはずです。捕手側に頭が移動しているように感じるということは、今までそれだけ大きく頭を投手側に移動させながら打っていた、ということです。ですので最初のうちは、頭を捕手側に移動させながら打つ、くらいの気持ちでちょうど良いと思います。
このステイバックという技術をさらに応用していくと、目線を斜めにして使えるようにもなります。すると縦や斜めに曲がっていく変化球にも強くなります。人間の目は横に並んでいるために縦の変化球に弱いわけですが、しかしステイバックという技術を身につけ、さらに応用編まで進んでいけると、両目を結んだラインを反対打席側に傾けながら打っていけるため、外に逃げていく変化球も簡単に見極められるようになります。
しかし体重移動をする打ち方のままだと、両目を結んだラインはほぼ水平な状態でしか使えなくなってしまい、変化球を見極めにくい目線の使い方しかできなくなってしまいます。ちなみに僕のマンツーマンレッスンでこの技術を身につけられた学生選手や草野球選手たちは、軒並み4割以上の打率で打てるようになっています。それくらい絶大な効果が期待できるわけです。
一番手っ取り早いのは、チームのコーチがステイバックの指導法をしっかりと学ぶということだと思います。そうすればそのチームの選手は全員がステイバックという技術を学ぶことができます。僕のマンツーマンレッスンでも、少年野球のコーチや野球部の監督さんが受講させるケースがけっこうあります。そのようにしていただければ技術を持って帰ってもらい、選手たちがわざわざ野球塾に通わなくても、チームの監督・コーチから適切な技術を適切に教わることができます。
しかし野球指導者が経験則だけで自分がやらされてきたことを選手に伝えるだけの指導になってしまうと、古い技術で時代に取り残された、大して活躍できない選手ばかりが増えていってしまいます。野球は体格で戦うスポーツではありません。技術をしっかり身につけていれば、小柄でも細身でもホームランは打てるようになるんです。そしてそのためにもマスターしていただきたいのが、今回ご紹介したステイバックという技術なんです。最初は難しく感じるかもしれませんが、挑戦する価値は十分にありますので、ぜひ練習してみてください。